父が「がん」だとわかったのは、ある秋の夜のことでした。
この記録は、在宅での看取りを考えはじめた方や、いま迷っている最中の方に向けて書いています。同じ場面に立ったとき、少しでも心の支えになればうれしいです。
病院からの電話を受けた母の声が、いつもと違った。私はその違和感だけで、何かが変わったと感じました。急いで実家に向かい、母と二人で座った居間に、父の姿はなかった。「入院することになった」と母は言いながら、目を逸らしていた。
余命を告げられたのは、それから少し後のことです。
告知の場に同席した私は、父の横顔をずっと見ていました。医師の言葉を聞きながら、父はどこか遠くを見ているような目をしていた。まるで、自分に言われていることではないみたいに、静かに、ただ遠くを見ていた。
入院することになった父のベッドのそばで、ある日、父はぽつりと言いました。
「家に帰りたいな」
その一言が、私の中で何かを動かしました。
あなたが今、この記事を読んでいるということは、きっと似たような場所に立っているのだと思います。親の病気を告げられて、「このまま病院で最期を迎えるのか」と感じている。あるいは、「家に連れて帰りたいけれど、自分にできるのか」と迷っている。
私も、まったく同じでした。
この記事は、私が実際に経験したことをもとに書いています。うちの場合はこうだった、ということが中心ですから、すべてのご家庭に当てはまるわけではありません。でも、あのとき私が知りたかったことを、できるだけ正直に書きました。
なお、医療や費用、制度については一般的な情報を整理したものです。個別のことは、ケアマネジャー・主治医・市区町村の窓口などにご相談ください。
在宅看取りという選択 ― 「家で」と決めた理由

父の「家に帰りたい」が動かしたもの
「家で看取る」という言葉を、当時の私は漠然とは知っていました。でも、自分がそれをすることになるとは、思っていなかった。
父の「家に帰りたい」という言葉を聞いたとき、最初に感じたのは正直、恐怖でした。医師には「難しい状態です」と言われていた。母は体が強くない。兄弟の中には「無理だ、施設の方が安全だ」という声もありました。「あなたは少し知識があるぶん、軽く考えているんじゃないか」とも言われました。
それでも私が「家で看る」と決めたのは、父の顔を見たからです。
病院のベッドで過ごす父は、どこか縮んでいるように見えました。本来、冗談ばかり言って、笑い転げるような人なのに。家に帰れば、あの父に戻れる気がした。少なくとも、父が「幸せだったな、いい人生だったな」と思える時間を作ってあげたかった。親孝行をしたい、という気持ちが、私を動かしていました。
医師と家族から見た「無理」
医師が最初に示したのは、慎重な見通しでした。「在宅に戻るには、サポート体制が整っていることが前提です。ご家族の負担も相当です」という言葉は、脅しではなく、本当のことでした。兄弟の一人も同じことを言っていた。「病院の方が何かあったときに安心だ」「無理して家に連れ帰って、もし苦しい思いをさせたら誰が責任を取るんだ」。
気持ちはわかる。全員が父のことを考えていた。方向が違っただけで。
うちの場合は、その「方向の違い」が、しばらくの間、家族の空気を重くしていました。誰が正しいとか正しくないとかではなく、みんなが必死だったから。あなたのご家庭でも、意見が割れることがあるかもしれません。それは珍しいことではないし、弱さでも失敗でもないと思います。
夫の一言で流れが変わった
流れが変わったのは、夫の一言でした。
医師との話し合いの場で、夫がこう言ったのです。
「家庭のことは私が支えます。妻には、お父さんの介護に集中させてあげたいんです」
医師が、少し間を置いてから、頷きました。
あの瞬間のことは、今でも鮮明に覚えています。夫への感謝は、言葉では足りないほどです。私が「やる」と言うだけではなく、「家庭を回す人間がいる」という現実を示してくれたことで、医師の判断が少し動いた。
「家で看る」というのは、本人と家族全員の覚悟が必要なことです。一人の気持ちだけでは、続かない。うちの場合は、夫というバックボーンがあったから成り立ちました。あなたのご家庭の状況は、また違うはずです。それぞれの環境に合った選択が、きっとあります。
何から始めた? ― 退院〜在宅療養スタート

地域連携室との出会い
「家で看る」と決めたはいいけれど、何をすればいいのかわからなかった。
最初に助けてくれたのは、病院の「地域連携室」の担当者でした。入院中、「退院後の生活についてご家族でお話しされましたか」と声をかけてくれたのです。こういった相談窓口が病院内にあることを、私はそのとき初めて知りました。
病院の地域連携室・MSW(医療ソーシャルワーカー)は、在宅に向けた橋渡しをしてくれる存在です。在宅医(訪問診療医)の紹介、訪問看護ステーションの紹介、ケアマネジャーの紹介。これらを退院前にまとめてコーディネートしてくれる。「そんな人が病院にいるんだ」と驚きながら、ありがたくお願いしました。
うちの場合は、このMSWさんがいなければ、何をどこから手配すればいいかも、まるでわからなかったと思います。退院の準備は、家族だけで抱え込まなくていい。病院のなかに、一緒に考えてくれる人がいます。
介護認定は入院中に申請を
介護保険のサービスを使うには、まず「要介護認定」を受ける必要があります。申請から認定まで、約30日かかるのが一般的です。退院してから申請していたら、その間サービスがないという事態になりかねない。
うちの場合、この申請のタイミングが少し遅れてしまいました。退院後に慌てて動いたのですが、認定が下りるまでの間、使いたいサービスが使えない日が続きました。入院中に市区町村の介護保険担当窓口か、病院のMSWに相談して、早めに動いておくことを強くおすすめします。
介護認定、申請からの流れ
申請から認定までの流れも、知っておくと慌てません。だいたい、こんな順番で進みます。
- 市区町村の介護保険担当窓口(または地域包括支援センター)で申請する
- 認定調査員が自宅や病院に来て、本人の状態を聞き取り・確認する
- 主治医が「主治医意見書」を作成する(市区町村が依頼してくれます)
- これらをもとに審査され、「要支援1〜2」「要介護1〜5」のいずれかが判定される
- 結果が郵送で届く(申請から原則30日程度が目安)
そして、これは後から知って「先に教えてほしかった」と感じたことなのですが、認定の結果が出る前でも、「暫定ケアプラン」でサービスを使い始められる場合があります。「結果を待っていたら間に合わない」というとき、ケアマネジャーに相談すると、見込みの介護度で先にサービスを組んでくれることがあります。うちは、これを知らずに、動けない時間を自分で作ってしまいました。気になるときは、遠慮せずケアマネさんに聞いてみてください。
ケアマネさんとの初対面
ケアマネジャー(介護支援専門員)は、介護保険サービスを調整してくれる専門家です。どのサービスをどのくらい使うか、「ケアプラン」を作ってくれる。
正直に言うと、私はケアマネさんに会う前、少し構えていました。「何か言われそう」「うまく説明できるかな」と。でも実際に会ってみると、全然違った。静かに話を聞いてくれて、「今、どんなことが心配ですか」と、まず私の不安を受け止めてくれた。
あの安心感は、今でも覚えています。「この人たちと一緒にやっていけるかもしれない」と、初めて思えた瞬間でした。
この方に出会えたことが、在宅介護を続けられた大きな理由の一つです。迷ったとき、困ったとき、何でも聞ける存在でした。
支えてくれたチーム ― 訪問診療・訪問看護・ヘルパー

在宅介護は、家族だけではできません。うちの場合、大きく三つのチームに支えてもらいました。
訪問診療医
「訪問診療」は、医師が定期的に自宅に来てくれる仕組みです。病院に連れていかなくても、家で診察・処置・薬の処方をしてくれる。
そして、大切なことがあります。在宅での死亡診断書の発行は、訪問診療医がしてくれます。「自宅で亡くなったら救急車を呼ばなければいけないのでは」と思っていた方もいるかもしれませんが、事前に訪問診療医と取り決めをしておけば、警察を呼ぶ必要はありません。父が旅立った朝、私が最初にしたのは、訪問診療の先生への電話でした。
先生は、来るたびに父と少し話してくれた。診察だけでなく、父の話し相手にもなってくれていた。あの時間が、父にとってどれだけの支えになっていたか。
訪問看護師(夜は家族の24時間交代)
訪問看護師さんには、本当にお世話になりました。傷の処置、体位交換のサポート、薬の管理、痰の吸引の指導。こういった医療的なケアを、家まで来て担ってくれます。
ただ、正直に書きます。訪問看護師さんが、家に常駐してくれるわけではありません。決まった時間に来てくれる存在です。夜中の痰の吸引などは、私たち家族が交代で対応しました。母と私で24時間体制を組んだ夜は、何度もありました。「在宅介護=専門家が全部やってくれる」というイメージは、正直、現実とは違います。
それでも訪問看護師さんの存在は、心強かった。24時間対応の体制をとっているステーションが多く、「困ったら電話できる先がある」というだけで、夜の不安は確かに和らぎました。
「このころのからだは、食べることよりも休むことを必要としている」
訪問看護師さんから教わったこの言葉に、どれだけ救われたか
父はがんの末期だったのですが、がん末期の場合、訪問看護は医療保険の適用になります。これにより、週3回という通常の制限が外れ、必要に応じて頻回の訪問が可能になります。うちの場合、このことを最初から理解していなかったので、後から「もっと早く知っていたら」と感じることもありました。
訪問ヘルパー
ヘルパーさんは、身体介護(入浴・排泄・食事のサポートなど)と生活援助(掃除・洗濯・買い物など)を担ってくれます。医療行為はできませんが、日常の細かいことを支えてくれる存在として、毎日の支えになりました。
ヘルパーさんが来てくださっている間、私は少し横になれた。たったそれだけのことが、ものすごく大きかった。誰かが「ここにいてくれている」というだけで、緊張が少し緩む感覚がありました。
訪問入浴
これは、後から「使えばよかった」と思ったサービスのひとつです。訪問入浴は、専用の浴槽を自宅まで運んできて、スタッフが数人がかりで入浴を介助してくれるサービスです。寝たきりに近い状態でも、お湯にしっかり浸かることができます。
父は、お風呂が好きな人でした。からだを拭くこと(清拭)はしていましたが、「湯船に入りたい」という気持ちは、きっとあったと思います。訪問入浴という選択肢を、もっと早く知っていれば。これも介護保険のサービスとして使えるので、気になる方はケアマネさんに聞いてみてください。
費用の目安(月額・1割負担)
| サービス | 月額目安(1割負担) |
|---|---|
| 訪問診療 | 7,000〜9,000円程度 |
| 訪問看護(介護保険) | 5,000〜15,000円程度 |
| 訪問ヘルパー | 20,000〜50,000円程度 |
| 介護ベッドレンタル | 1,000円前後 |
| 衛生消耗品等 | 5,000〜15,000円程度 |
| 合計目安 | 月4〜8万円程度 |
※高額療養費制度・高額介護合算療養費制度により、月の上限が設定されます。詳細はケアマネまたは市区町村の窓口にご確認ください。
痛みは取れる ― 緩和ケアについて知ってほしいこと

在宅でもオピオイドは使える
「家に帰ったら、痛みをちゃんと取ってもらえるの?」
これは、在宅を考えるとき、多くの方が不安に思うことだと思います。私もそうでした。
在宅でも、医療用オピオイド(医療用麻薬)を使った痛みのコントロールは可能です。経口薬(飲み薬)、貼り薬、あるいは持続皮下注射などの形で、在宅医が処方・管理してくれます。
うちの場合も、在宅に移ってからも痛みのコントロールは継続されました。処方の形が変わっても、先生が丁寧に調整してくれた。「家に帰ったら痛み止めが使えない」は、事実ではありません。
「麻薬で意識がなくなる」の誤解
「麻薬を使ったら、意識がなくなってしまうのでは」と心配される方がいますが、適切な量を医師が調整すれば、意識を保ちながら痛みを和らげることができます。父は、最後まで意識のある時間が続いていました。笑顔で冗談を言える時間が、在宅に帰ってからも続いていた。それは、痛みのコントロールがしっかりできていたからだと、今は思います。
「薬を増やしたら、眠ってしまうんじゃないか」「死が早まるのでは」という不安を、私も最初は持っていました。でも、訪問診療の先生に丁寧に説明してもらって、少しずつ理解が変わっていった。心配なことは、遠慮せず先生に聞いてほしいと思います。
緩和ケアの本当
緩和ケアは、「もう治療をあきらめた人のためのもの」ではありません。痛みや苦しさをやわらげて、その人らしく過ごすための医療です。在宅でも、きちんと受けられる。
父が「冗談を言って笑う」時間を、家に帰ってからも持てたのは、緩和ケアのおかげだったと今は確信しています。あの時間がなければ、父も私も、あんなふうには過ごせなかった。これは、ぜひ知っておいてほしいことです。
お金の現実 ― 制度と、私の後悔

一般的な目安
在宅介護にかかるお金のことは、正直に話します。
在宅介護にかかる費用は、介護保険・医療保険の1割負担を前提として、月4〜8万円程度が一般的な目安と言われています(訪問診療・訪問看護・ヘルパー・介護用品レンタル・消耗品などを合わせて)。
私自身、家計の細かい数字ははっきりと覚えていません(母が中心で管理していた部分もあります)。それでも、振り返って思うのは、意外とお金がかかった、ということです。
意外とかかる消耗品
とくに、おむつなどの衛生消耗品は保険外です。これが地味に積み上がる。「なんで毎月こんなにかかるんだろう」と思いながらも、削れない出費でした。
具体的には、おむつ・尿とりパッド・防水シーツ・使い捨て手袋・清拭シート(からだを拭くウェットシート)あたりが、毎月のように要りました。食事が細くなってからは、とろみ剤や栄養補助のゼリー飲料も加わった。ひとつひとつは数百円でも、毎日使うものなので、月で見るとまとまった額になります。うちの場合、ここは「想定していなかった出費」でした。
ただ、知っておくと役立つ仕組みがあります。多くの自治体に「在宅介護のおむつ補助」制度があり、領収書を市区町村の窓口に送ると、一部を還付してもらえる場合があります。うちも、後から領収書をまとめて送って、いくらか戻ってきた記憶があります。
おむつ補助制度
この制度は、自治体によって名称も条件も異なります。「おむつ給付」「在宅介護用品支給」など、地域によって呼び方がさまざまです。「知らずに払い続けた」とならないように、市区町村の介護保険担当窓口で「在宅介護で使えるおむつ補助はありますか」と一度聞いてみてください。
介護保険理解不足の悔い
私には大きな後悔があります。
介護保険の仕組みを、最初からきちんと理解できていなかった。
たとえば、要介護度によって使えるサービスの上限(「支給限度額」)が変わること。限度額を超えた分は全額自己負担になること。訪問看護が介護保険になるか医療保険になるかで、使える頻度が変わること。こういったことを、私は途中まできちんと把握していませんでした。
介護のことは、少しは知っているつもりでいた。でも「なんとなく知っている」と「ちゃんと理解している」は全然違った。ケアマネさんに相談すればすぐわかることを、聞かずに抱え込んでいた時期がありました。
「知っているつもり」が一番危ない。わからないことは、ケアマネに何でも聞いていい
高額療養費制度
医療費が高額になった場合、一定の上限を超えた分が戻ってくる制度があります。一般的な所得層では、月の上限がおよそ57,600円程度とされています(世帯の収入や年齢によって変わります)。「こんな制度があるとは知らなかった」という方は少なくありません。ぜひ市区町村の窓口、またはケアマネジャーに確認してみてください。
あなたには同じ後悔をしてほしくない。ケアマネジャーは、制度の説明をするのも仕事のうちです。「こんなことを聞いていいのかな」と思うようなことでも、遠慮なく聞いてください。知識は、慌てないための盾になります。
医療費控除も忘れずに
お金のことで、もうひとつ。1年間に支払った医療費が一定額を超えると、確定申告で医療費控除を受けられる場合があります。在宅介護では、訪問診療や薬、通院の交通費など、対象になりうる出費が積み重なります。
うちは、領収書をまとめておくことを途中まで意識していなくて、あとで「とっておけばよかった」と悔やみました。何が対象になるかは状況によって違うので、領収書はとにかく箱にためておいて、税務署や市区町村の窓口で確認するのがおすすめです。
備えた環境 ― 借りてよかったもの、整えてよかったこと

介護ベッド
父が帰ってくる前に、実家の部屋を整えました。
一番助かったのは、介護ベッドです。高さが調整できて、頭や足の部分を上げられる電動ベッド。介護保険(要介護2〜5)があれば、月1,000円前後のレンタル負担で使えます。ケアマネを通じて手配します。
「うちは畳だから」という方も、洋室に移したり、畳の上に板を敷いたりすることで対応できる場合があります。ケアマネや福祉用具専門相談員と相談してみてください。
13品目レンタル
介護保険でレンタルできる主な用具(13品目から抜粋)
- 電動介護ベッド(特殊寝台)
- 車椅子
- 床ずれ防止用具
- 手すり(取り付け工事不要なもの)
- スロープ
うちで使ったのは、ベッド・車椅子・床ずれ防止用具・スロープでした。どれもケアマネさんを通じて手配できたので、何をどこに頼めばいいかわからなかった最初の不安は、すぐに解消されました。
手すり・スロープ・住宅改修費支給20万円
実家のトイレに手すりをつけたこと、段差にスロープを置いたことも、結果として大きな助けになりました。父はもう自分一人で動ける状態ではありませんでしたが、家族が父を支えるとき、移動の安全性がぐっと上がる。介助する側の体への負担も減ります。
「本人ができる」ためというより、「安全に介助できる」ための環境づくり、という感覚でした。
住宅改修費の支給制度(介護保険・上限20万円・原則1割負担)が使える場合があるので、ケアマネさんや福祉用具専門相談員に相談してみてください。申請には事前の手続きが必要なことが多いため、「工事してから申請」では間に合わないケースも。早めの確認をおすすめします。
退院前にやっておくこと ― 私の準備リスト
ここまで書いてきたことを、これから動く方のために、チェックリストの形でまとめておきます。うちが「やっておいてよかったこと」と「もっと早くやればよかったこと」の、両方です。
手続き・相談(入院中から動く)
- 病院の地域連携室・MSWに「在宅で看たい」と伝える
- 要介護認定を申請する(結果を待たず、暫定プランで動ける場合もある)
- ケアマネジャーを決め、ケアプランを相談する
- 在宅医(訪問診療)・訪問看護ステーションを紹介してもらう
- 緊急時・夜間の連絡先を確認し、紙に書いて見える場所に貼っておく
- 「亡くなったときは、まず訪問診療医に電話」と家族で共有しておく
そろえる・整える(退院まで)
- 介護ベッド・車椅子などの福祉用具をレンタル手配する(ケアマネ経由)
- 手すり・スロープなど、介助を安全にするための住宅改修を検討する
- おむつ・パッド・防水シーツ・清拭シートなどの消耗品をそろえる
- 部屋の動線を、介助する人が動きやすいように整える
気持ちの準備(家族で)
- きょうだい・家族で、方針をできるだけ話し合っておく
- 「最期が近づくとどうなるか」を、訪問看護師さんに前もって聞いておく
- 無理をしすぎないこと、レスパイト入院という選択肢があることを知っておく
全部を完璧にそろえてから始める必要はありません。動きながら、ケアマネジャーに聞きながら、ひとつずつで大丈夫です。私もそうでした。
最期が近づくサイン ― 知っておくと、慌てない

これを書くのは、少し勇気が要ります。でも、知っておいてほしい。
在宅看取りで一番怖いのは、「何かが起きたとき、自分がパニックになってしまうこと」だと私は思っていました。だから、あらかじめ「こういうことが起きる」と知っておくことが、冷静でいるための支えになりました。
数週間前のサイン
食欲が落ちてきます。眠っている時間が増えます。「眠れているから大丈夫」と思いたいけれど、これはからだが少しずつ変化している自然なサインです。
うちの場合、父が急に「ご飯はいい」と言いはじめた頃から、少しずつ時間の感覚が変わっていきました。「今日の調子は昨日よりどうか」を毎日確認するようになりました。
1週間前のサイン
食事や水分をほとんど受け付けなくなります。「もっと食べさせなければ」と思いがちです。
このころのからだは、食べることよりも休むことを必要としています。
これは、訪問看護師さんに教えてもらった言葉です。最初は受け入れがたかった。「食べなかったら弱る一方なのでは」という気持ちが、どうしてもありました。でもこの言葉を聞いてから、無理に食べさせようとするのをやめた。父が「いらない」と言うとき、それを受け入れることができるようになりました。
数日〜数時間前のサイン
手足の先から冷たくなってきます。唇や指先に変化が出ることもあります。呼吸のリズムが変わり、いつもと違う音がすることもあります。これらは、訪問看護師さんから事前に説明を受けていたので、「先生が言っていたことが起きている」と、私は落ち着いて父のそばにいられました。
聴覚は最後まで
声かけは、最後まで届く。
これは、多くの医療関係者が言うことです。反応がなくなっても、声は聞こえていると言われています。私は父の耳元で、ずっと話しかけていました。「ありがとう」「幸せだったね」「ゆっくり休んでね」。それが届いていたかどうかは、確かめようがないけれど。でも、届いていたと、私は信じています。
思い出の場所に連れていった日 ― 福祉タクシーのこと

父の「あそこに行きたい」
在宅に帰ってしばらく経ったある日、父が筆談でこう書きました。
「あそこに行きたい」
子どもの頃によく連れていってもらった場所でした。父にとって大切な記憶がある場所。声が出せなくなっていた父が、筆談でその場所の名前を書いたとき、私は胸が詰まりました。
体調が安定しているうちに、連れていってあげたかった。
車椅子を後部座席に乗せる苦労
夫が車を出してくれました。車椅子を後部座席に折りたたんで積んで、父に乗り移ってもらって、その作業が、思いのほか大変でした。父も体力が落ちていたし、夫も慣れていなかった。なんとか連れていけたけれど、もっとスムーズな方法があったはずだと、後で気づきました。
福祉(介護)タクシーを知らなかった
福祉タクシー(介護タクシー)を、私は知らなかった。
車椅子のまま乗り降りできる車両(ハイエース系など)があること。介護タクシーと呼ばれるこのサービスは、乗り換えなしで目的地まで連れていってくれること。車椅子をたたむ必要がなく、そのまま固定して乗れる。
あのとき、これを知っていたら。もっとラクに、父をあの場所に連れていけたかもしれない。
事前予約と当日キャンセルの心づもり
介護タクシーは、事前に予約が必要です。当日の体調によってキャンセルになることもあります。「予約しておいてキャンセルしたら申し訳ない」という気持ちはわかりますが、多くの事業者は体調変動によるキャンセルへの理解があります。
大切なのは、あらかじめ調べて、連絡先を手元に持っておくこと。使うかどうかの判断は、その日の体調で決めればいい。費用はかかりますが、ケアマネに相談すると地域の事業者を紹介してもらえることもあります。
父は、その場所で久しぶりに穏やかな顔をしていました。筆談で「来られてよかった」と書いてくれた。それだけで、連れていって本当によかったと思えた。
あなたの親御さんにも、行きたい場所があるかもしれません。体調が許すうちに、早めに動いてほしいと、私は思います。
父が旅立った朝 ― そして、すぐにやったこと

静かな朝
父が旅立ったのは、静かな朝でした。
夜中も私はベッドの横で過ごしていました。浅い眠りの中で、父の呼吸が変わったのを感じました。声をかけ続けながら、父の手を握っていました。
最後の呼吸が終わったとき、涙は出なかった。不思議なほど、穏やかな気持ちでした。「よかった。苦しくなかったよね」と、そう思っていました。
まず主治医に電話
感情的には泣き崩れたいけれど、動かなければいけないことがある。これが在宅看取りの現実で、でも事前に知っておけば、慌てずに動けます。
まず主治医(訪問診療医)に電話する。事前に「亡くなった時は電話をください」と取り決めをしていたため、救急車を呼ぶ必要はありませんでした。先生が来てくださり、死亡確認をしてもらいました。
夫が動いてくれた
夫が「葬儀社に連絡するね」と言ってくれました。私は父のそばにいた。あのとき夫がいてくれてよかった、と改めて感じました。
「さっきまで介護していたのに、午後には葬儀の話」。そのギャップは、やはり大きかった。でも、事前に流れを把握していたことで、感情のどこかに「やるべきことの地図」が残っていた。それが動けた理由だと思います。
初動5ステップ
- まず、主治医(訪問診療医)に電話する(事前に連絡先と取り決めを確認しておく)
- 遺体は、確認が終わるまで動かさない
- 死亡診断書をもらう(費用は3,000〜10,000円程度が目安)
- 葬儀社に連絡する
- 7日以内に死亡届を提出する(役所へ。葬儀社が代行してくれることも多い)
看取りは、尊厳のある時間でした。病院のベッドではなく、慣れた家で、家族に囲まれて、父が望んだ通りに、旅立てた。それだけは、今も誇りに思っています。
残された私のこと ― グリーフと家族の振り返り

グリーフのプロセス
父が旅立って、しばらくは不思議な感覚が続きました。
銀行回り、役所の手続き、後片付け。やることは山ほどあって、気がつけば動いている。でも、夜になると急に、「あ、もういないんだ」という感覚が押し寄せてくる。
亡くなった後の事務手続きは、想像していたよりずっと多くて慌ただしいものでした。頼れる家族が近くにいない方や、おひとりさまの場合は、こうした手続きを生前に託しておく「死後事務委任契約」という備えもあります。
大切な人を亡くした後の悲嘆(グリーフ)は、ショック→喪失感→閉じこもり→再生というプロセスをたどるとされています。誰もが違うペースで、それを歩いていく。「なんで私はこんなに元気なんだろう」と思う時期と、「なんで突然こんなに辛くなるんだろう」と思う時期が、交互に来ることもある。それは、おかしくないのだと、後で知りました。
もし、悲しみが長く続いたり、眠れない・食べられないといった状態が続いたりするときは、どうか一人で抱え込まないでください。同じ経験をした人が集まる「遺族会」や「グリーフケア」の集まりが、各地にあります。地域包括支援センターやホスピス・緩和ケア病棟、葬儀社が情報を持っていることもあります。私自身、しばらくしてから、同じように親を看取った人の話を聞く機会がありました。「わかるよ」と言ってもらえるだけで、ふっと力が抜けたのを覚えています。
「やりきった」と「後悔」の同居
「やりきった」という気持ちと、「もっとこうしてあげればよかった」という後悔が、同時にありました。矛盾しているようで、でもこれは普通のことだと後で知りました。
「やりきった」と「後悔」が同時にあるのは、おかしくない。それが、愛した証
家族全員が、今でも「見られてよかったね」と言います。
受験期で大変だった子も、幼い子も、あの時間を一緒に過ごした。兄弟も、最終的には力を合わせてくれた。夫は毎日実家に通い続けてくれた。在宅看取りは、家族全員の経験になります。
レスパイト入院の意味
辛いことも、間違いなくある。3か月経ったころ、全員が疲弊してきました。ケアマネさんから勧められた「レスパイト入院」。一時的に病院に入院して、家族が休息を取るための仕組みです。
父も私も最初は渋ったけれど、1週間の入院で、全員が息を吹き返しました。
「施設に押し込めたみたいで、父に申し訳ない」と思っていた。でも実際に試してみると、父は「あそこの夜食がうまかった」とのんきに言っていた。私と母は、何年ぶりかというくらい、まとめて眠れた。
あの選択が、残りの時間を最後まで走り切る力になりました。「見捨てた」ではなく、「続けるための休憩」。そう言い換えてくれたのは、ケアマネさんでした。
無理をしすぎないこと。それも、在宅看取りを続けるための大切な判断です。
あなたに伝えたいこと ― まとめに代えて
在宅看取りが正解とは言えない
最後に、正直に言います。
在宅看取りは、簡単ではありませんでした。自分の自由な時間は、ほとんどなかった。当たり前にできていたことが、当たり前にできない日々が続きました。しんどかった。何度も心が折れそうになりました。
でも、やってよかったと思っています。今も、これからも、きっとそう思い続けます。
それでも、「在宅看取りが正解」とは言えません。
これだけははっきり言わせてください。それぞれのご家庭の状況が違う。家族の体力も、経済状況も、仕事の状況も、本人の状態も、みんな違う。「家で看たから親孝行」「施設に入れたから薄情」。そんな単純なことじゃない。
大切なのは、あなたのご家族にとって何がベストかを、家族で話し合って、専門家に相談しながら決めること。その判断を、私は心から尊重します。
もし家で看たいと思うなら
でも、もし「家で看たい」と少しでも思っているなら。
まず、病院のMSWやケアマネジャーに相談してみてほしい。「まだ決めていないけれど、話を聞きたい」で十分です。相談したからといって、すぐに決断しなければいけないわけではない。
選択肢を知ることと、選択肢を選ぶことは、別のことです。「どんな選択肢があるか」を知ること自体が、あなたの家族を守る力になります。
在宅看取りは、親の介護や終活全体の中の一場面でもあります。「そもそも親の終活を、何から始めればいいのか」と迷っている方は、離れて暮らす家族のための終活チェックリストもあわせて読んでみてください。
知識は盾になる
知識は、怖さを和らげてくれます。あの夜、私が一番恐れていたのは「何も知らないまま何かが起きること」でした。でも、訪問看護師さんに最期のサインを教えてもらって、ケアマネさんに制度を教えてもらって、訪問診療の先生に「夜中でも電話していい」と言ってもらって、少しずつ、恐怖が信頼に変わっていきました。
知識は、慌てないための盾になる。
あなたが今、この記事を読んでいること。それだけで、もう最初の一歩は踏み出しています。
よくある質問
Q1. 自分に本当にできるのでしょうか?
私も最初、「自分には無理だ」と思っていました。でも、一人でやる必要はありません。訪問診療・訪問看護・ヘルパー・ケアマネジャーというチームが支えてくれます。「自分だけでやらなければいけない」という思い込みを、まず手放してください。うちの場合は、夫と、プロのチームと、家族全員で乗り越えました。
Q2. 費用はどのくらいかかりますか?
介護保険や医療保険の自己負担(1〜3割)で、月4〜8万円程度が目安です。ただし、高額療養費制度や高額介護合算療養費制度で上限が設けられています。個人の状況によって大きく変わるため、ケアマネジャーや市区町村の窓口で確認してみてください。
Q3. 夜中に何かあったら、どうすればいいですか?
訪問看護ステーションの多くは、24時間対応の体制をとっています。契約の際に「夜中も連絡していいですか」と確認しておくと安心です。また、訪問診療医とも「緊急時の連絡先」を事前に確認しておくことをおすすめします。「一人で抱えない」ための仕組みを、最初に整えておくことが大切です。
Q4. 仕事をしながら在宅看取りをするのは難しいですか?
正直に言うと、難しいです。うちの場合は、私が仕事を整理して介護に集中できる環境がありました。それが整わない場合は、ヘルパーや訪問看護の回数を増やす、夜間対応サービスを使う、レスパイト入院を取り入れるなどで調整できる場合があります。一人で悩まず、ケアマネジャーに現状を伝えて相談してみてください。
Q5. 後悔しませんか?
「やりきった」という気持ちと「もっとこうすればよかった」という後悔は、両方あります。今でも。でも、あの時間があったから、家族全員が「見られてよかった」と言える。後悔ゼロにはならないかもしれない。でも、「やらなかった後悔」よりずっと軽い、と私は感じています。
Q6. きょうだいで意見が割れたら、どうすればいいですか?
うちも、最初は割れました。「家で看たい」と「施設の方が安全だ」と。どちらも親を思う気持ちからで、方向が違っただけでした。
おすすめは、家族だけで結論を出そうとせず、病院のMSWやケアマネジャーに、家族みんなで一度話を聞くことです。第三者の専門家から「在宅にはこういう支えがある」「こういう負担がある」と具体的に聞くと、不安や反対の正体が見えてきます。感情のぶつかり合いが、情報を前にした話し合いに変わっていく。うちは、そうやって少しずつ足並みがそろっていきました。それでも割れることはあります。そのときは、誰かを責めず、「みんな必死なんだ」と思えるだけで、ずいぶん楽になります。
Q7. 最期は、苦しむのでしょうか?
これは、私が一番怖かったことでもあります。「家で看て、もし苦しませてしまったら」と。
結論から言うと、適切な緩和ケアを受けられれば、痛みや苦しさはやわらげられます。在宅でも、医療用麻薬を含めた痛みのコントロールは可能です(くわしくは緩和ケアの章に書きました)。父は、最期まで穏やかな時間のほうが多かった。
もちろん、すべての苦痛をゼロにできると約束はできませんし、状態は人それぞれです。だからこそ、「苦しそうなときは、どうするか」を、あらかじめ訪問診療の先生に聞いておくことが、家族の安心につながります。「つらそうにしていたら、すぐ連絡していいですか」と。その一言を確認できているだけで、夜にそばにいる時間の心細さが、ずいぶん変わります。わからないこと、不安なことは、遠慮せず医療チームに聞いてください。
おわりに
この記事が、誰かの「最初の一歩」になれたら嬉しいです。
そして、どうか一人で抱え込まないでください。あなたのそばには、相談できる専門家が必ずいます。病院のMSW、ケアマネジャー、訪問看護師さん。頼っていい人は、思っているよりたくさんいます。
あなたの選択を、応援しています。
※プライバシー保護のため、細部は再構成しています。
※医療や費用、制度については一般的な情報の整理です。個別のことは、ケアマネジャー・主治医・市区町村の窓口など、それぞれの専門家にご確認ください。

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